批評」カテゴリーアーカイブ

書評、映画・音楽評など。

三木那由他「演じるロボット」京都大学大学院文学研究科哲学研究室『京都大学文学部哲学研究室紀要:PROSPECTUS』No. 11、2008年、37-50頁

 2010年8月14日(土)に読み始めて同日読み終える。

 平田オリザのロボット演劇と彼の現代口語演劇論を手引きに環境モデルという言語観が提唱されている。環境モデルとは「われわれの周辺言語の用い方は、自分が属す環境によって制限されている。同時に、われわれがどのように周辺言語を用いるかによって、われわれが属す環境がどのようなものなのかが示される。つまり、周辺言語は話者が属す環境から制約を受け、同時に話者が属す環境を表示する」[45頁]という言語観。

 情報伝達モデルや意図推測モデルがそれだけではわれわれの言語について十分に説明しきれないように、環境モデルもそれだけでは全く不十分なので著者の主張には同意できないが、いろいろ示唆を受け勉強になった。

久木田水生「ロボット倫理学の可能性」京都大学大学院文学研究科哲学研究室『京都大学文学部哲学研究室紀要:PROSPECTUS』No. 11、2008年、1-10頁

 2010年8月14日(土)に読み始めて同日読み終える。

 知らないこともあって勉強になった。特にロボットとケアの関係については最近考えていることなので、参考文献などにもあたってみたい。ただ、具体的な箇所を例示せずに言うのも無責任だけど、全体的に論証が甘い。

中村征樹「科学技術と市民参加――参加の実質化とその課題」大阪大学文学会『待兼山論叢 哲学編』第42号、2008年、1-15頁

 2010年8月14日(土)に読み始め、同日読み終える。12,000字という制約のせいか、尻切れトンボのようになっていて、あまり論点がつかめなかった。いやもちろん私の理解力が不十分なのは重々承知していますけど。

大久保幸夫『キャリアデザイン入門II 専門力編』日経文庫、2006年

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 2010年8月11日(水)に紀伊國屋書店梅田本店で購入。同13日(金)に読み始め、翌日読み終える(ヨドバシカメラマルチメディア梅田店にiPhone4を受け取りに行ったとき、店員がぐだぐだやっているあいだに読み終えてしまう)。第1巻の基礎力編ほどにはインパクトはなく、特にコメントすることもないが、次の点だけ指摘しておきたい。

 筆者は「日本はこれから本格的な高齢社会を迎える」[4頁]と書いているが、実際には1994年に日本は高齢社会を迎えており、本書が書かれた翌年の2007年には超高齢社会を迎えているので、ややのんびりした印象を受ける。筆者はそのような厳密な意味で「高齢社会」という表現を使っているのではないと反対の声も聞こえてきそうだが、高齢者の割合が多い社会のことが一般に「高齢化社会」と表現されているなかで筆者はあえて「高齢社会」と書いているわけで、だとすればもう一歩進んで「本格的な超超高齢社会を迎える」と書いて欲しかったところ。

大久保幸夫『キャリアデザイン入門I 基礎力編』日経文庫、2006年

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 2010年8月11日(水)に紀伊國屋書店梅田本店で購入し、翌日読み始めその日のうちに読み終える。

 共感できるところも多く勉強になったが、就職氷河期前後での職業観の変化を十分に捉えきれておらず、結果的にキャリアデザインについての著者の主張が空虚なものに感じられた。この本の著者も「最も大切なことは、本人が職場の先輩や上司と腹を割って話すことである。それ以外の方法はない」[70頁]といったように、先日読んだ前川孝雄『勉強会に1万円払うなら、上司と3回飲みなさい』光文社新書、2010年と同じようなことを書いているんだけど、どちらも60年代生まれ80年代入社のリクルート出身なんだよなあ。ここら辺は経験に根ざした実践知というべきなのか、たんなる時代錯誤というべきなのか(いや、もちろん職場で先輩や上司と腹を割って話すことが重要だと私自身は思うけど)どうなんだろう。