- 今日判決のあった二つの殺人事件。不倫をバラされることを恐れて交際相手を殺害した米原女性殺人事件は無期懲役の求刑に対し罪を認めていないのに懲役17年の判決。他方、弁護側も検察側も心神耗弱であることを認めていた中大教授殺害事件は、本人も罪を認めているけど求刑20年に対して懲役18年。 #
- 今日判決のあった二つの殺人事件。不倫をバラされることを恐れて交際相手を殺害した米原女性殺害事件は無期懲役の求刑に対し罪を認めていないのに懲役17年の判決。他方、弁護側も検察側も心神耗弱であることを認めていた中大教授殺害事件は、本人も罪を認めているけど求刑20年に対して懲役18年。 #
- 米原の事件は物証がない上に被告人が捜査段階から一貫して無実を主張しているという裁判だが、裁判所は「被告の供述は不自然・不合理で信用できない」とした以上、被告人が罪を認めないのは反省していないことだと同時に認めなければならないはずなのだが、この二つの量刑の公正さはどう理解すべきか。 #
- ロックの二次性質は主観的性質と言えば主観的性質だが、厳密には"power to produce various sensations"で物質の側にある力能(性質)のはず。児玉先生も「哲学・倫理学用語集」でロックの当該文章を引いおられるし、あえてそう表現しておられるのだろうけど。 #
- いや、でも主観的性質なのか、な。冨田先生の『観念論ってなに?――オックスフォードより愛をこめて』での趣旨は、二次性質は「一次性質以外に物そのものが持っているなにか〔性質〕、ではない」(125頁)ということであって、それを主観的「性質」ということそのものは大丈夫なのか。 #
Tweets on 2010-12-01
Tweets on 2010-11-30
- 帰ったらチェコ語の(2週間前の)復習をやらないと。 #
- 『功利と直観』23頁。なんでシクラメンをお見舞いに持って行ったら不適切な振る舞いとみなされるのか分からず『広辞苑 第六版』と『大辞泉』で調べてみたけど説明がないので、ウィキペディアをみるとシクラメンのシとクが死・苦を連想させて縁起が悪いからなのだそうだ。心の狭い人がいるんだなあ。 #
- 某病院の臨床倫理事例検討会に参加させてもらった。臨床倫理では、純粋に生命倫理学上の問題と制度上の問題や職業上の人間関係の問題を混同しないように注意深く分けて考えないと、倫理(学)という名の下に倫理学とは関係のないものが含まれていることが往々にしてあるように思う。 #
小寺信良『USTREAMがメディアを変える』ちくま新書、2010年
阪大生協書籍部豊中店にて2010年11月16日(火)に15%オフにて購入。11月27日(土)に読了。いつ読み始めたのかは例によって覚えていないけど、1週間ほどかけて読んだと思う。読みものとしてなかなかおもしろかった。
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ユーストリーム上の「ドミューン(DOMMUNE)」という放送をもとに論じられた次の箇所は興味深い。
これまで日本では、違法性があるというのであれば事業化しなかったものだが、米国では事情が違っていた。可能性があるビジネスであれば、法を改正して違法にならないようにする、という動きをする。また、違法であったとしても、やってしまってビジネスモデルを作り、関係者への和解金支払いで解決する例もある。特にスピードが勝負のネットビジネスにおいては、このような米国型のスタイルは強い。
このような米国の動き、そして実際に米国初のビジネスが日本に退去して押し寄せてきた現状に、日本でも「ルールは現状に合うように変えるべき」という動きがでてきた。ドミューンはその先鋒となるサービスとなるかもしれない。(125-6頁)
「ドミューン(DOMMUNE)」ではDJプレイを通じて楽曲を使用しており、作詞・作曲家などへはJASRACなどの管理団体を通じて(といってもその仕組みやプロセスに多くの疑問が投げかけられていることは周知の事実であるが)著作権料を支払っているものの、著作隣接権の一つである原盤権をもつレコード製作者へは必要な使用料を支払っていないという。支払うつもりはあるものの、それを引き受けてくれる管理団体がないために楽曲を無断使用している状態が続いているのだそうである。
「テレビ番組は誰が作っているのか?」(160-3頁)で述べられている内製率については、去年NHKで聞いたのと同じ内容。「テレビ産業の疲弊」(165-7頁)の内容とあわせて考えると深刻な問題である。
「コピー制限がテレビ視聴文化を壊した」(178-81頁)というのはまさにその通り。
NHKオンデマンドに関する認可基準が日本におけるテレビ番組のオンデマンドサービスの発展を阻害する原因になっていたというのは知らなかった。(182頁)
慣習的に肖像権の許諾は、全員に書面で許諾を取る必要はなく、来場者全員に「カメラに写り、配信される可能性がある」ということを口頭で周知する程度で済んでいる。どうしても写りたくないという人がいる場合は、写る可能性がない位置、たとえばカメラのうしろ側などへ移動してもらうことが妥当で、それを理由に退場させるという処置は望ましくない。(196-7頁)
なるほど。
現在ネットで話題になった放送の文字起こしを行っているのが、「書き起こし.com」(http://www.kakiokosi.com)である。書き起こし作業はボランティアベースで行われているようだが、元々文字起こし作業というのは、出版業界においてはインタビューをテキスト化するなどの用途が多いため、専門業者も多く存在する。(209頁)
これは気になる。このあとで著者は書き起こしの許諾権や発言の著作権等について論じている。そこらへんの法整備もきちんとしないといけないのだろうが、これまでの経験上そういうことはあまり期待できそうもない。
児玉聡『功利と直観――英米倫理思想史入門』勁草書房、2010年
著者の方からご恵贈いただきました。深謝。楽しみにしていた一冊なので、しっかり勉強させていただきます。
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児玉聡『功利と直観――英米倫理思想史入門』勁草書房、2010年