2009年3月22日(日)の日記

 3月で京都を離れ浜松で再就職することになった某君と食事。四条河原町と烏丸の間にあるおしゃれなイタリアンのお店。以前来たことやどの辺りに座ったのかは明確に覚えているのだけど、誰と来たのかが全く思い出せない。大学を卒業してから5年間の記憶がほとんどないのを実感する出来事。いったいどういう生活をしていたのだろう。昨日の懇親会もイタリアンだったので明らかに効用が逓減していたのが残念。

 店を出て地上に上がった直後、道に迷った外国人観光客に遭遇する。カードらしきものをこちらに差し出すだけで何も言わないので、始めは路上で売春行為でもやってるのかと思った。ロサンジェルスでビジネススクールに通っていると言っていたものの、あまり英語が通じなくて困惑する。もちろんそれ以上に向こうは困惑していて、ホテルへ案内している間に何度も泣きそうな顔をしていた。まったくことばの違う国へ来て夜道に迷えば不安になるのも無理からぬことであろう。

 先ほど書いたカードらしきものというのはホテルの部屋の鍵だったわけだけど、それに掘り込まれた「MITSUI GARDEN HOTEL」という情報だけからは烏丸三条にあるホテルなのか、あるいは四条西洞院にあるホテルなのかが特定できず、本人に尋ねようにも相当なパニック状態で苦労した。

 結局最初に行ったホテルは違う方のホテルで、それでも何とか無事にホテルまで送り届けることはできたのだけど、不安で困惑している人を英語でうまく安心させられることができなくて無力感を感じるとともに自己嫌悪に陥った。

 オバマの就任演説を毎日あれだけ暗唱しているのになあ。やっぱりそれとこれとは別なのかなあ。

 こうやって自己分析したときに一つ浮かび上がってくることは、私は肉体的苦痛もさることながら精神的苦痛に相当な評価をしているということだ。

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